プロフィール

丸田 元子

福岡県久留米市生まれ、久留米市在住。

福岡県立明善高等学校、西南学院大学卒業。

福岡市中央区天神の総合不動産会社に営業職として就職、

上場企業の借り上げ社宅斡旋などに携わった賃貸営業のほか、

賃貸管理の業務に就く。

結婚を機に退職。

2015年 7月1日会社設立

(のちに株式会社カミングへ社名変更)

2016年 2月1日福岡県知事宅建業者免許登録、

現在に至る。

 

就職のあれこれ

やがて氷河期と称される厳しさに凍えながらも、

大学在学中に宅地建物取引主任者の資格を取得していたことで、

住宅・不動産業界に興味を持ち、縁あって

福岡市内の不動産会社に就職する。

他にも就職のお誘いはあったものの、決め手となったのは、

天神真ん中の大きな新しいビルへの移転計画。

西鉄電車を福岡駅で降りたら会社はすぐ目の前!

思えば、立地を重視したこの時点で、

すでに不動産業界への資質はあったかもしれない。

(通勤・通学の利便性は重要)

 

社会人としての不動産業界

1994年 福岡市中央区天神の総合不動産会社に営業職として就職。

市況はバブル後で荒れていたと思うが、

社内の上司・先輩は優しく、女性ばかりの同期は仲良く、仕事は興味深く。

新人時代は売買部門・賃貸部門・企画開発部門など、実地での研修を受け、

「不動産のプロになる!」と決意。希望に、満ちていた。

 

配属の賃貸営業部、当時年間仲介契約件数はひとり100件だったか200件だったか。

それは市内有数の管理件数と大手法人顧客を多数かかえる会社の

体制のおかげではあるものの、

未熟ながら会社の看板を背負い、

社会人として一人前に扱われ、仕事ができることに感動する。

 

しかし入社三年目のある日、営業訪問に出かけて、動けなくなることがあった。

博多駅前四丁目、横断歩道の信号が青になったのに、どうにも渡る気がしないのだ。

…やや、鬱である。

賃貸営業の繁忙期は激務であり、体調を崩して入院することも。

 

勤続6年1か月、充実した会社員生活に名残を惜しみつつ、退職。

 

 

結婚の意味、主婦の悩み

結婚…すると当然のように名字が変わり、住所が変わる。

「住所氏名」は個人を特定する重要な要素であり、

それが全く別のものに変わってしまうと、

個人そのものも実はどこかが違ってくる。

結婚したとたんに人が変わったようだ、という話をたまに聞くが、

当然のことかもしれない。

 

結婚すぐ自宅を新築するも、しばらくは毎年のように引越し。

住んだことのある場所… 福岡県久留米市内の数ヶ所、

神戸市東灘区、横浜市青葉区…

夫の単身赴任や義母との同居も乗り越え、

社宅暮らしを経て

2013年 久留米市荒木町 の自宅に戻る。

 

そして起業を志す

こうして、20歳代は仕事に明け暮れ

30歳代は三人の子育てと家族のこと

そして40歳をむかえる頃、

さて自分の人生どうしようかと立ち止まった。

 

初めから起業なんて、考えてはいなかった。

しかも街の不動産屋さん?

いやいや、ぜったい無理。(たいへんなのはよく知ってる。)

 

でも、開業する決意を固めると、

それまで重ねてきた想いと、行動が、

周りからの応援に支えられて 形になっていく。

開業後はぽつぽつとお仕事を紹介していただいたり。

そしてまたご縁がつながり、広がっていく。

 

ありがとうございます。

 

 

 

資 格

宅地建物取引士、

賃貸不動産経営管理士、

インテリアコーディネーター、

整理収納アドバイザー1級、

等々。

 

趣 味

読書(不動産系、自己啓発系、実用系、育児系)

バラ鑑賞、ガーデニング、ヨガ、等々。

最近は、Twitterにつぶやきも。