プロフィール

丸田 元子 まるたもとこ

1971年 福岡県久留米市生まれ、久留米市荒木町在住。

福岡県立明善高等学校、西南学院大学文学部国際文化学科卒業。

1994年 福岡市中央区天神の総合不動産会社に営業職として就職。

上場企業の借り上げ社宅斡旋などに携わった賃貸営業のほか、賃貸管理の業務に就く。

結婚を機に退職。

2015年 7月1日会社設立 (のちに株式会社カミングへ社名変更)

2016年 2月1日福岡県知事宅建業者免許登録、久留米市で営業を始め、現在に至る。

福岡県久留米市の不動産取引・賃貸売買_代表取締役社長_丸田元子

 

学生時代と就職のあれこれ

大学に入学した1990年、華々しいバブル就職を見聞きしたが、

世間の様子は移ろい、やがて氷河期と称される寒さに凍える。

果敢に臨んだ就職活動では、面接でことごとく不採用となり、落ち込む。

 

大学在学中に宅地建物取引主任者の資格を取得したことで、住宅・不動産業界に興味を持ち、いくつかの会社へ応募、

そのなかで、ひときわ応対がよい会社があり、面接では社長のネクタイの色彩と、語られるビジョンに共感。 …採用される!

 

ところが同じ時期に、通っていたバレエスクールからも就職を打診され、迷う。

在学中、「文学部に入学したが、通ったのは体操部だった」というくらい没頭した新体操の部活のおかげで、バレエ教室でははみ出るほどの身体能力を身につけていた。(当時)

踊るのは大好きだったから、あのまま踊っていたらどんな人生だっただろう?

就職したのは、不動産会社。

最大の決め手は、天神真ん中の大きな新しいビルへの移転計画。西鉄電車を福岡駅で降りたら会社はすぐ目の前!

思えば、立地を重視したこの時点で、すでに不動産業界への資質はあったかもしれない。(通勤・通学の利便性は重要)

 

社会人としての不動産業界

1994年 福岡市中央区天神の総合不動産会社に営業職として就職。

市況はバブル後で荒れていたと思うが、

社内の上司・先輩は優しく、女性ばかりの同期は仲良く、仕事は興味深く。

新人時代は売買部門・賃貸部門・企画開発部門など、実地での研修を受け、

「不動産のプロになる!」と決意。希望に、満ちていた。

 

配属の賃貸営業部、当時年間仲介契約件数はひとり200件だったか300件だったか。

それは市内有数の管理件数と大手法人顧客を多数かかえる会社の体制のおかげではあるものの、

未熟ながら会社の看板を背負い、社会人として一人前に扱われることに感動する。

 

しかし入社三年目のある日、営業訪問に出かけて、動けなくなることがあった。

博多駅前四丁目、横断歩道の信号が青になったのに、どうにも渡る気がしないのだ。

…やや、鬱である。

賃貸営業の繁忙期は激務であり、体調を崩して入院することも。

 

その後、新しい仕組みを考え、営業からの異動を願い出る。

2000年 勤続6年1か月、充実した会社員生活に名残を惜しみつつ、退職。

 

結婚の意味、主婦の悩み

2000年 結婚。

…すると当然のように名字が変わり、住所が変わる。

「住所氏名」は個人を特定する重要な要素であり、それが全く別のものに変わってしまうと、個人そのものも実は大きく変容するのだ。

結婚したとたんに人が変わったようだ、という話をたまに聞くが、当然のことかもしれない。

 

結婚すぐ自宅を新築するも、しばらくは毎年のように引越し。

住んだことのある場所… 福岡県久留米市本山、久留米市津福今町、久留米市荒木町、

神戸市東灘区、横浜市青葉区…

2013年 久留米市の自宅に戻る。

 

 

そして起業を志す

初めから起業なんて、考えてはいなかった。

 

 

 

資 格… 宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、インテリアコーディネーター、整理収納アドバイザー1級、等々。

趣 味… 読書(不動産系、自己啓発系、育児系)、バラ鑑賞、ガーデニング、ヨガ、等々。